文 孝進 広島教会での御言(抜粋)

私達にはお父様が解かれた原理があり、愛があるので私達が望む世界は、即ち原理原則があるがゆえにいい加減なことでは実現が難しいです。
 〜略〜 苦労されている皆さんに会うと申し訳なく思い、感謝の思いもあります。
私も一時全てのことが嫌になり、放棄してしまいたい時がありました。これは私の不足さ故に生じたことです。
でもお父様が愛してくださり、再婚させてくださり、子供も10人います。
この子供達の姿を見ながら、どうしても、もう一度頑張らないといけないという思いになりました。
 〜略〜 さあ、もう一度頑張ろう。ただそれだけです。皆さんに私が嘘を言うと思いますか?誰が怖くて?皆さんは怖くありません。
私がどのように人生を終えるのか?深刻でした。神様が怖かったからです。驕慢になるのではないかと心配でした。
私は芸術が好きでやっています。芸術は驕慢になると終わりです。
自分の限界や自分の全てのことをさらけだしたものが芸術です。
芸術は一つの善なる刺激を通して、それを受け入れる人々が感動し、善なる発展と喜びを通して授受するものだから驕慢になることは出来ません。
芸術の価値を超えるのは宗教です。宗教が最高の価値を持っています。
そういう貴重な価値を世の中からも認められなければなりません。
妬み、嫉妬、虚栄をもってするのではなく、それを超えて最高の根本をさがし、真の愛をさがさないといけません。
「私は愛を知っている。私は愛の完成者だ」そんなことを言う人を私は好きではありません。
愛にたいして、自信を持って話せる人は多くありません。
今日の礼拝で孝進様が日本各地を回って、食口の方々に詫びていると言う話を聞きました。

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