イエス様のメッセージ

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 真の御父母様へ

 お父様にお捧げいたします
 お父様! 私はイエスと申します。足らない私をこれほどまでに愛してくださり、これほどまでに心配してくださり、これほどまでに祈祷してくださり…。
 今までに受けたところの恩恵だけでも至大なるものです。それにもかかわらず、今回私の妻に過分なる立派な安息の場を下さいました。いかにしてこの恩恵に報いましょうか。
 お父様!
 私の妻は私にとっては実に過分なる女性です。本当に、おそれ多いばかりです。これから真の御父母様のみ旨に従って美しい家庭を築き、私たちの生涯をお捧げいたします。
 そして、興進様によくお仕えし、真の御父母様の方向と復帰摂理の前に熱心に祈祷して、努力いたします。
 そしてお父様! ここでのキリスト教の壁はとても膨大で、かつ閉ざされていました。
 しかし、地上の協助条件と同じ脈をつなぐことができるように、興進(フンジン)様とキリスト教の壁を狭めてくださいました。その霊的背景と基盤の上で私たちも懸命に努力いたします。
 イエスという名が、地上で常にあまりにも大きくクローズアップされており、お父様の前に申し訳ない限りでございます。
 お父様! 罪人(責任を果たせなかったこと)をお許しください。いつかはお父様の恨が解けるはずです。キリスト教徒に、霊界のイエスの惨めな姿が夢に現れる役事が起こることでしょう。
 お父様! 本当にありがとうございます。私の妻を愛しています。ありがとうございます。
 真の御父母様! 万寿無彊をお祈り申し上げます。
 天上にて、ユダヤのベツレヘムで生まれたイエスより

                           −1998.5.22.-

            出典:「李相軒先生が霊界から送ったメッセージ(3) 人生の果てにゆく道」(成和出版社)より

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 真の御父母様、これまで実に困難で大変な経綸をなさるために、どれほど多くの苦衷があったことでしょうか。
 今日のキリスト教の現実が、真の御父母様に困難をもたらしていることを、本当に申し訳なく存じております。
 多くのキリスト教徒たちよ! 私の生涯、イエスの十字架の生涯がどれほど惨めな生活と生涯であったかを研究してほしいと思います。
 真の御父母様、私はベツレヘムの馬小屋で生まれたみすぼらしいイエスです。クリスマスの賛美が響きわたるたびに、このイエスはとても辛いのです。神様に申し訳ありません。
 私が責任を果たせなかったがゆえに、真の御父母様が代わりにその責任を負わざるをえなかったという真の御父母様の十字架の苦難と、その胸の痛みに対して常に申し訳なく思っております。
 お父様、真の御父母様、天地父母様! すべてに勝利なさったことをお祝い申し上げます。
 人類歴史の前に、神様の摂理の前に、真の御父母様としての責任を全うされましたことをお祝い申し上げます。
 人類に最後に残された責任は、子女としての責任です。
 ここ私のいる霊界圏の様子について申し上げようと思います。
 真の御父母様の様々な次元の行事が行なわれるたびに、こちらキリスト教グループの動きは、以前とは異なった顕著なる変化が見られます。
 行事に参加することのできる範囲がずいぶん広くなったのも事実ですが、原理講義教育セミナーにも、とても多くのキリスト教グループが参加します。
 そして彼らは「来るべき救世主とはイエス様、あなたではなかったのですね。来るべき救世主はまだ地上にいらっしゃるのですね。
 だとすれば、新婦を迎えるための灯火を私たちがいかにして準備すればよいのでしょうか」と慟哭しながら祈祷するグループが少なからず増えてきています。
 一方、いまだに我執にとらわれている者もいるのですが、その数は確実に減りつつあります。
 真の御父母様! このイエスが原理講義所で時々講義をしています。イエスが人類の父母としての責任を果たせなかったがゆえ、新しい真の父母が来なければならないのであり
 だれもが皆、その方を通して新生の過程を通過しなければならないという事実を明らかにしています。
 このように説明すると多くのキリスト教徒たちは「嘘つきイエスだ」「あなたのように立派な方がなぜ異端に魅惑されたのか」と言いながら
 グループごとに劉孝元先生、李相軒先生のセミナー室に訪ねていっては騒動を起こして大変でした。
 しかし原理は人間を新生させました。ここ霊界のキリスト教グループはずいぶん変化していますが、地上人がそうなっていないので、そのことで私の胸は限りなく痛みます。
 真の御父母様、しかしこのように霊界圏の勝利が熟し続けるならば、地上の運勢も変わることと信じています。そして新しい事実は、カトリック系列のすべての修道女
 神父たちに聖母マリアに関する摂理的内容を明らかにした点です。
 カトリックでは聖母マリアが大変な偉人でした。それで、その摂理的な事実を彼らに具体的に明らかにしました。
 私は、責任を果たしきれなかった聖母マリア、責任を果たしきれなかった母の行跡を、ここでの統一原理セミナーを通じて明らかにしました。
 彼女は馬小屋でイエスを誕生させた一人の平凡な女性であったこと、そして聖母でも救世主の母でもないイエスの母であり、同時に一人の男性の妻にしかなれなかった現実と事実
 そして彼女のおかれていた時代的背景などを明らかにしました。そして、彼女は人類の終末期に神様が神様の血統を探すときに召命された女性だったが
 当時彼女が責任を果たせなかったゆえに、ここ霊界で謹慎生活を送らざるをえなくなった痛みと孤独を彼らに訴えました。
 そのとき多くの修道女、神父、カトリック信徒たちは、歪曲され誤った理念には関わるまいとしました。事実、彼らは一生を通して聖母様、天主様に仕えて生きた人たちなので
 最後まで伝統的な信仰人としての姿勢をとるしかないのでしょう。しかし聖母マリアは、イエスの母として、一人の女として呼ばれることを願っています。
 真の御父母様! 申し訳ありません。このイエスは地上で責任を果たしきれずにここに参りましたが、ここにおいて神様の前に、真の御父母様の前に、悔いのない生き方をしていこうと努力しています。
 お父様お母様、玉体無きょうであられ、長寿なさって下さいませ。地上で私の妻として結んで下さった張女史がもう少し積極的な活動をするならば
 キリスト教界やカトリックにとって役に立つのではないかとイエスは考えています。それがあまりにも出過ぎた考えだとすれば、その考えを変えます。
 お父様、玉体無きょうで天寿を享受され、キリスト教界のイエスの十字架をすべて下ろさせて、この国へおいでください。
 この不孝者、神様の体面を立てるために全力投球いたします。

                              ベツレヘムのイエス 拝(1999年12月29日)

        出典:「李相軒先生が霊界から送ったメッセージ(4) 天上天下の救世主 真の父母」(成和出版社)より

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 小子、ご挨拶申し上げます。 真のご父母様に対して、常に申し訳ない心を禁じ得ません。『私が使命を完遂していたなら
 今この時代に来られた真のご父母様がこれほど苦労されなくてもよかったものを』という無念な思いでいっぱいです。
 二千年前、私がこの地に来て成し遂げようとしたすべての内容は、真のご父母様が知っておられる、そのごとくであります。
 真のご父母様は、私が失敗した内容までもすべて蕩減復帰され、最後の摂理を終結しようとされる時点に立っていらっしゃることを知っております。しかし、問題は、正にキリスト教徒たちです。
 彼らが真のご父母様に対して、正しく理解し、侍ることができなければならないのですが、いまだに心霊のアンテナを他の方向に合わせているがゆえに
 正確な啓示を受けることができない、もどかしい立場に立っております。
 私なりに霊的に現れて、比喩と象徴で再臨主がこの時代に来られることをあらかじめ知らせました。
 特に、彼らの心霊が最も困難だった時が、第一次、第二次世界大戦の渦中でした。そのとき彼らは、とても疲れきっており、生命が危険にさらされるたびに
 天を仰ぎ、哀願しながら、雲に乗って主が来ることだけを首を長くして待ちわびていました。
 そのたびに私は、再臨主がすぐに来られるということを知らせてあげるために、私の生存当時の姿を見せてあげたのです。
 彼らが、私の姿を見れば、『ああ、再臨主がすぐに来られる』という希望の信仰を持ち、困難な状況をうまく克服することはもちろんのこと、再臨主をみ旨にかなって迎えるだろうと期待しておりました。
 しかし今、結果的に見るとき、私の判断が間違っていたことを悟りました。彼らは、私に関する啓示や幻想を通して、再び来られる再臨主も、そのように霊的に現れるか
 私の姿そのままで来ると思わせてしまう、そのような結果を生んでしまったのです。
 万一、そのとき、私の姿を見せずに、真のご父母様のお姿そのままを見せてあげていたならば、彼らは、真のご父母様がこの地に来られる時に正しく理解して侍っていたでしょう。
 また、今のように真のご父母様を苦しめたり、背反する不孝の姿にはなっていなかっただろうという後悔をしました。
 これまで、私はキリスト教徒たちが、私だけを信じてきたので、私自身の姿だけを見せてあげることに心を砕いていたのですが、これが私自身の大きな失敗となってしまいました。
 また、私の姿を見せてあげるときも、肉身をもって歩く姿ではなく、天の空中に浮かんでいる姿だけを見せてあげたので、彼らが”再臨主も霊的にだけ来る”と信じる立場になってしまったと思います。
 真のご父母様は、新約の完成者として来られる方であるので、キリスト教の基盤を渡して差し上げることも私の使命だったのですが、私が方法を誤り、彼らをして再臨主を迫害する立場にまでしてしまいました。
 この点、真のご父母様にご迷惑をおかけしたことを、余りにも申し訳ないという気持ちを持っております。この場を借りて、お赦(ゆる)しを請い願いたいと思います。
 しかし、私は、二千年のキリスト教歴史において、異蹟奇事をたくさん行ってきた経験があるので、その方法で霊界の数多くのキリスト教の聖徒たちを呼び集め、真のご父母様の価値と『原理』を教育し
 興進(フンジン)様の修練所で修練を受けさせ、祝福を受けさせた後、私が成すことのできる方法を総動員し、地上に対して大役事を展開していけるように努力致します。
 また、そのようにすることが出来るように、さらにもう一段階、道を開いて下さった日が、十月十四日であるということを知り、真のご父母様に心からのお祝いと共に感謝をお捧げしたいと思います。
 今、興進様を中心として、四大聖人と各宗団の道主たちが一つになり、そしてすべての善霊界が一つになり、具体的に啓示と幻影を見せてあげることによって
 真のご父母様を王の中の王としてお迎えすることができ、侍ることが出来るように致します。
 真のご父母様が、今年(2000年)八月十八日、国連において”国境線撤廃”を宣布されることによって、サタンの根拠地が消滅していき、統一された一つの世界が開かれる礎が整えられました。
 先日の秋夕(チュソク:九月十二日)を迎えて行われた『二千年総解怨秋夕節』を通して、霊界の数多くの階層の障壁が崩れ、霊界の平準化が成される道が開かれました。
 さらに感謝申し上げたいことは、今回の十月十四日、『以北出監五十周年』を記念して宣布して下さった『霊界解放式』を通して、霊界の境界線が撤廃され
 すべての宗教圏が宗教圏大連合を成すことが出来るようになることによって、今から私たち聖人はもちろんのこと、各宗団の道主までも心を合わせてみ旨を成そうという姿となりました。
 そのようになってこそ、長い間、再臨主を待ってきた彼らの恨(ハン)が解かれ、誰よりも神様のみ名によって試練と苦難を受けた恨の歴史が、解放の歴史として完全に変わる栄光の時となったことを彼らは感謝し
 喜び、さらに一生懸命にみ旨の前に働く姿となることでしょう。
 このように、私たちが自信を持って働いていくことができる出発点となったのは、真のご父母様が勝利された天宙史的な内容と、今回、成して下さった『霊界解放宣布式』の恩恵です。
 この宣布式が行われることによって、霊界だけでなく、地上までも自由に往来して働くことが出来る、自由解放と統一圏を持つようになりました。
 それだけでなく、真のご父母様の勝利圏によって、既に霊界の三分の一の霊人が祝福を受けて”絶対善霊”として変わってきています。
 従って、私たちは、このように変わってきている絶対善霊界の協助を受け、自信を持って真のご父母様が成される復帰摂理歴史において、同参者となって一生懸命に働こうと、固く決意しました。
 このように、私たちは、み旨の前に一心同体となり、各自が任された使命と責任を果たしながら結束し、真のご父母様が地上にいらっしゃる時に
 必ずみ旨を成し遂げて差し上げるという、忠誠の心で一つになっています。
 真のご父母様、玉体のご健勝をお祈り申し上げます。

出典:「光言社 ファミリー2000年12月号 P.50〜53」より

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 キリスト教徒と他の宗教人及び地上人に願うこと
 ベツレヘムに生まれたイエスが、この紙面を通して地上に新しいメッセージを伝えようと思う。ユダヤ人たちは、いまだに来るべき主を待っていることであろう。
 キリスト、他の宗教人、そして非宗教人たちも、イエスの名前ぐらいは記憶しているであろう。
 今回のメッセージを地上に伝えるイエスの心は、色々と複雑で錯綜している。その内容を一言で要約して伝えられないことを、心苦しく思う。
 地上人、とりわけキリスト教は、このメッセージに触れるとき、信じるよりは、かなり疑うであろうことをイエスは分からなくはない。
 しかし、かつて新約時代のメシヤの使命を抱いて来たイエスが、人類の救いの責任者として明言すべき時代が到来したため、この事実を明らかにするのである。
 当時、イエスは神からメシヤの使命を抱いて地上に来ていた。しかし、その時代の宗教人と非宗教人の葛藤をすべて聖書に記録することができなかった。
 実際、聖書にすべて明かせなかった隠された摂理的内容が多かった。その時代の流れに従って、神の摂理は変わるしかなかった。
 今、キリスト教徒やメシヤを待つ数多くの聖職者たちに、隠された摂理的内容の一端をはっきり伝えようと思う。
 神が人間を創造されるにあたり、肉身を持った人間は地上で生きるときに必要であり、肉身を失えば、その霊魂は霊界で永存するよう創造された。メシヤを待つ聖徒たちよ! 
 聖書に表現された各節の両面的な預言にはなぜ関心がないのか? イエスは新約時代に人類の救いのため、メシヤとして来た人である。しかし、イエスの十字架の問題を皆さんはどのように考えるか? 
 それは神のみ旨なのか? 人間の失敗なのか? 皆さんはイエスの生涯を綿密に検討してみたのか? イエスの懐胎と誕生についても考えてみたのか?
 その時代、イエスは間違いなくメシヤの使命を抱いて来たが、肉身をまとった平凡な人間の姿で、地上で食べて着て眠って生活した。
 しかし、イエスは一般人とは異なり、メシヤの使命を持っていた。メシヤの十字架の代贖は、神の本来のみ旨ではなかった。
 地上人たちよ! キリスト教徒たちよ! これが事実かどうか、断食しながら祈祷してみなさい。そうすれば、イエスが現れてはっきり教えてあげるであろう。
 しかし、断食して徹夜するとき、純粋な祈祷と精誠だけを尽くさなけならない。
 いわゆる異端の声にも耳を傾けてみなさい。この時代に統一教会の文鮮明先生は、十字架の代贖により、地上で成せなかったイエスの使命を完遂するため、再臨のメシヤとして現れた方であり、
 成約時代を締めくくるための真の父母の使命を抱いて現れた方である。
 新約時代にメシヤの使命を抱いて来たイエスを、当時の人々は十字架に付けてしまった。それで、地上には、神が成就すべきみ旨が残され、そのため再臨のメシヤが必要だったのである。
 新約時代のメシヤは、霊的な救いしか成せなかったため、肉的な救いは宿命的な宿題として残されたまま、歴史が流れきた。それゆえ、恨多き歴史の裏通りで、数多くの悲しみと苦痛を味わいながら、
 神は再びメシヤを地上に送るため待ってこられた。文鮮明先生の血統を分別して聖別し、メシヤとして送るまで神は超緊張の歳月を送った。
 イエスはどこで生まれたか? 馬小屋で生まれた。当時、マリヤの心情はどうだったろう? キリスト教徒たちよ! 聖書を読むとき、容易にその内容を理解することができたか? 
 解けない問題、理解できない問題に直面して、皆さんは苦しむことがなかったか? 天の秘密を皆明かせなかったイエスの心情を理解するだろうか?
 聖書に記録できなかった摂理の奥深い内容を皆さんはいかに知りえようか? 
 イエスの父ヨセフの婚約者だったマリヤのお腹がどうして大きくなったか? 復帰摂理歴史において、人類が受け入れ難い途方もない天の秘密が、べールに包まれているのを皆さんは知らないであろう。
 人類は神の子女であるため、神は人類を訪ねてきて愛するほかなかった。皆さんは、そういう神の心情を推し量ることも難しいであろう。
 この時代に地上に顕現された文鮮明先生は、皆さんが待ちわびた再臨メシヤである。文鮮明先生は、16歳の時、イエスのメシヤの使命を引き継がれた。キリスト教徒たちよ! 
 いまだに雲を見つめながら、雲の中に現れる再臨の主を待っているのか? 文鮮明先生は、数万回、雲の中をかき分けて世界を巡回し、人類平和の具現のため揮身の力を尽くしておられる。
 今日もその方は、80歳を越えた高齢で、人類の救いの最前線で苦闘しておられる。
 新約時代にイエスを迫害したローマ人たちのように、この時代の皆さんもその方を再び十字架に付けるのか? ソドムとゴモラ城の滅亡を皆さんは知っているではないか? 
 神は愛である。待っておられる。成約時代に降臨されたメシヤを迎え入れなさい。その方の業績と人類の救いの摂理的導きを排斥せず、心から迎えながら、祈祷してみなさい。
 皆さんの真実の祈祷の中に、イエスが共にあるであろう。
 今日、キリスト教徒たちは、イエスの生涯と神の救いの観について、深く祈祷しながら、メシヤ・イエスを十字架に付けた新約時代の時代的な状況を再び思い起こすことを切に願う。
 イエスが33歳になるまで結婚できず、イエスに従って歩んだ12弟子ともども、イエスが空腹だった状況を考えてみなさい。イエスは恨が多かった。
 キリスト教徒たちは、メシヤ・イエスに関するすべてのことは、神のみ旨であるとだけ結論を下している。けれども人類のなすべき道理と責任はないのか、深く考えてみなさい。
 メシヤとして来たイエスは人の子であった。イエスは神の一人子として、メシヤの使命を成し遂げるため、揮身の力を尽くしたが、その夢とみ旨を完全に成しえなかった。
 そのみ旨が完全に成されたならば、再臨の主が来られる必要があるだろうか?
 キリスト教徒たちよ! そして、もろもろの宗教人たちよ! 当時のメシヤはイエスであった。間違いなくメシヤであった。しかし今日、メシヤの使命を完遂するため再び来られた方は、文鮮明先生であられる。
 その方がまさに再臨の主であられる。異端の魁首とされたイエスに「来たるべき方はあなたですか?」と尋ねた洗礼ヨハネの立場を考えてみなさい。皆さんは今、文鮮明先生をどう評価しているか?
 時代の流れを考えてみて、文鮮明先生が成し遂げた業績を思い起こしてみなさい。人間の力だけでは不可能な途方もない業績を成し遂げられた。
 そして、イエスの再臨について言及してみよう。既に2千年前に死んだイエスが、再び生きて皆さんの前に現れることはできない。人間の肉身は霊人体と分離されれば、土に帰るようになっている。
 それが真理であり、天道である。死体が墓から起き上がるという聖書の一節を、今一度見てみなさい。神は、科学的で数理的な神であり、原理の神であられる。
 消えた死体の全器官が分解して再び組み合わさり、復活するという論理は、神は何でもできるという能力を前提にしたものであるが、それは極めて矛盾している。そのように問題が解決するのではない。
 自然界を見なさい。人間の成長過程と構造を見なさい。
 神と人間は父子の関係である。今や皆さんは、子女を待って耐えて来られた神の摂理と心情を体験すべきであろう。
 キリスト教徒が偶像崇拝者とする仏教の教祖・お釈迦様とイエスが、向い合って座り、談笑しているとすれば、イエスをどう思うか?
 もろもろのキリスト教徒たちよ! 仏教徒たちよ! そしてもろもろの宗教人たちよ! イエス、釈迦、孔子、マホメットなどの四大聖人とソクラテス、聖アウグスティヌスなどの聖賢たち、
 そしてその他の宗教指導者たちが数回セミナーを開き、それは今も続いている。セミナーの主題は、常に「神は人類の父母」であり
 地上に降臨された文鮮明先生が解明された『原理講論』をめぐり、分析し討論している。
 それは神が私たちに下さった宿題でもあり、地上の文鮮明先生の活動にくまなく関与し観察されて、私たちに人類を解放するためには、ここにいる宗教の代表たちが
 まず一つになり、地上に協助するよう命令されるためである。
 私たち(四大聖人)には宗派の壁はない。私たちは皆一つになり、地上に顕現された成約時代のメシヤを通して、人類を神の子女として生まれ変わらせることで
 神を中心とした一つの世界が成就できるよう祈祷している。
 地上でしばしば見かける宗教人たちの対立と葛藤は、こちらでは、すべて解消された。そうなるまでに相当な時間が流れた。
 人類の創造主は唯一、神だけという究極的な真理を明らかにするまで、それだけの時間を要したからである。
 地上でも、すべての宗教の障壁が崩れてこそ、人類の平和が実現するであろう。
 各宗教の教理の共通性と差異性を明らかにし、互いの長所と短所を取捨選択しながら、温柔謙遜の美徳を示すなら、非宗教人たちもその姿にならい、正しい道に導けるのではないか?
 もろもろの宗教人、とりわけキリスト教徒がすべて一つになり、この無形世界で一堂に会することを願う。
 ユダヤのベツレヘムのイエスが、地上人にメッセージを伝えることのできる時代的な環境と恵沢が与えられたのは、ほかでもなく成約時代が到来したからである。
 成約時代の主人公はまさに文鮮明先生である。それは、その方が再臨のメシヤだからである。
 皆さんはその方をどうするか? 批判の的にするのか? 新約時代のイエスのように十字架に付けるのか? 祈祷し、断食して神に問うのか? 皆さんが最も賢明な信仰人のあり方を選択するよう願う。
 この霊界にいても、新約時代のメシヤ・イエスの責任を悟らせたくて、このように地上人にメッセージを伝える。

                                               −2001.4.4〜5.−

       出典:「李相軒先生が霊界から送ったメッセージ(8・9) 四大聖人たちの霊界セミナー」(成和出版社)より inserted by FC2 system